title:マサトウとカズキとチームメイト
2015年3月5日 木曜日
マサトウとカズキ、順調にチームメイトと仲良く生活と練習を過ごしています。
サッカー選手としての成功はサッカーの能力だけでなく、人間性も大切な資質になります。
トッププレイヤーとの共同生活がとても大きな役割を果たしてくれます。
チームメイトとの写真。
title:7taディビジョン 練習試合 vs リーベル
2015年2月28日 土曜日
7ta ディビジョン、昨年の優勝チームのリーベルとの練習試合がC.A インデペンディエンテのホームでおこなわれました。
カズキは攻撃的右サイドDFとして先発出場。
マサトウは怪我のため観戦のみとなりました。
試合は1−1のドロー。素晴らしいテストマッチとなりました。
title:アルゼンチン DQ新聞 『日本人サッカー留学協定』
2015年2月7日 土曜日
アルゼンチンの DQ新聞に日本人サッカー留学協定に関する記事が掲載されました。
CONEXION ORIENTAL / 記事日本語訳:
“オリエント コネクション(東洋とのつながり)”
ーある東京の企業が日本人サッカー選手を留学させるために C.A インデペンディエンテとキルメス A.C と協定を結ぶー
アルゼンチンの文化ではサッカーが絶対的な地位に君臨する。
この国では全ての人々が全ての場所でサッカーを話し、至る所でサッカーが呼吸をする。
そして、日本のサッカー選手がこの情熱的な地でボールと共に成長できるよう、日本の企業グループ 伊原ホールディングス がアルゼンチンへの上陸を決意した。
コネクションは WKBA世界キックボクシング協会と伊原道場により実現し、 WKBA世界キックボクシング協会南米会長 兼 伊原道場アルゼンチン支部支部長の ディエゴ・ラ・ボルペ と 川久保 悠 代理人との協力のもと、すでに C.A インデペンディエンテの下部組織に2人の日本人選手が所属し、キルメス A.C とも協定を結んだ。
その両者が DQ にこの未刊のプロジェクトの全貌を話してくれた。
『アイディアは、私たちがキックボクシングで日本とアルゼンチンの間ですでにおこなっていた選手交流をサッカーでもおこなうことでした。そして元サッカー選手・指導者でサッカーエージェント会社での勤務経験を持つ伊原ホールディングス スタッフのユウ(川久保 悠)と共に、世界のサッカー界で最も重要なマーケットの1つのアルゼンチンで日本人選手がチャレンジできる環境を提供することがこのプロジェクトです』とディエゴが話をはじめる。
ユウは初めにアルゼンチンサッカーの熱狂的なファンであることをパーフェクトなスペイン語で話す。驚くことではなく彼は エステゥディアンテス・デ・ラ・プラタの選手として4軍まで所属し、テクラ・ファリアス、イスラエル・ダモンテ、チャボ・デサバトと共にプレーをした実績をもつ。
『私の祖国は日本ですが、私はアルゼンチンを愛しています』『エステゥディアンテスでプレーしていた時にある会社が日本人留学生を3人連れてきていました。¿どうしていたか?私たちが練習や試合をしているときでも、彼らはスパイクも履かせてもらえずただ走っているだけでした。。』思い返し強調する『それは意味のないことです。私たちが提供するものは、子供たちが留学し、そのクラブの選手の一員としてクラブ寮で共同生活をし、練習し、選手登録・プロ契約テストにチャレンジする。そしてそのクラブが必要とする選手であればプロ契約を結ぶことです』
ーDQ:それはプロ契約を勝ち取るチャンスをもつことですか?
ーユウ:そのとうりです。常にプロ選手として活躍する可能性をもつこと、プロ契約を結びトッププレイヤーとして活躍することが、ここに来る日本人選手の最大の夢です。日本には素晴らしい才能をもつ選手が若い年代を中心にたくさんいます。ただ日本にはここアルゼンチンにあるサッカー環境が無いだけです。選手の成功は環境と舞台に強く関係しています。そのために私たちはここアルゼンチンで最高の環境と舞台を提供します。
ーDQ:いつからこのプロジェクトを手がけていますか?
ーユウ:約3ヶ月前からです。すでに2人の日本人選手がC.A インデペンディエンテでプレーしています。1人目が千葉 真登(チバ マサトウ)君、2人目が伊達 和輝(ダテ カズキ)君です。私は日本人選手の才能に完全な自信を持っています。そして日本にはアルゼンチンで活躍できる才能ある選手がたくさん存在します。
ーDQ:C.A インデペンディエンテとの協定はどのようなものですか?
ーユウ:正式にC.A インデペンディエンテ 日本・アジア代理人に任命されました。また、新たにC.A インデペンディエンテの日本支部のインデペンディエンテ・ジャパンも設立し、私が代表に、ディエゴが事務総長(副代表)に就任しました。
ーDQ:キルメス A.Cとはどのようなことをしていくのですか?
ーディエゴ:プロジェクトはこの2クラブのもとスタートしました。キルメス A.Cとは日本人サッカー選手を留学生として受け入れてもらう協定を結びました。もちろんクラブが必要とすればプロ契約も可能です。
ーユウ:必ずここ数年の間にアルゼンチンでトッププレイヤーとして活躍する日本人選手が出ると確信しています. . . . . そのトッププレイヤーは私たちのグループから誕生します。
“Siguiendo sus sueños / 夢を追って” (マサトウとカズキ インタビュー:日本語訳)
ボールへの愛情が、彼らを幼くして家から遠ざけ夢を追いかけさせた。
1998年生まれのスピードとテクニックを兼ね備える2人は、日本を離れバルセロナへと渡った。
スペインのクラブの下部組織に所属し、サッカー選手としてのキャリアをスタートさせた。
現在 C.A インデペンディエンテのクラブ寮で生活をする千葉 真登 (チバ マサトウ / ポジション:トップ下もしくは左MF)と伊達 和輝(ダテ カズキ / ポジション:左FWもしくは左MF)の2人は、バルセロナなまりのスペイン語で恥ずかしがりながら、DQ記者にアルゼンチンでの希望と”赤い悪魔”でプロデビューする夢について話してくれた。
ーDQ:アルゼンチンサッカーにチャレンジするチャンスを得てまず何を感じましたか?
ーマサトウ:C.A インデペンディエンテでチャレンジできることを知り、夢を叶えるために絶対にモノにしたいと思い、荷物をまとめて来ました。
ーカズキ:スペインではFIFAルールの問題で18歳以下は公式戦に出場することができず、アルゼンチンでは公式戦とリーグ戦があり、未登録選手でもリーグ戦には出場できることを知り迷わず来ました。
ーDQ:スペインへ行った経緯を教えてください。
ーカズキ:まず1人でテストを受けに行きました。エウロッパというクラブに所属し、自分たちのディビジョンではFC バルセロナとも対戦できました。
ーマサトウ:スペインへは11歳の時に1週間のサッカー留学で行き、プレースタイルが気に入り最終的に4年間滞在しました。サバデルという2部のクラブでプレーし、カズキとは3回対戦して、1勝1分1敗のドローです(笑)。
ーDQ:C.A インデペンディエンテの選手としてプレーしていますが、スペインとの違いは感じますか?
ーカズキ:まずみんな強くて激しい、、ケズリが凄いです!!
ーマサトウ:はい。もう何回もケズられました!!監督にはFantasia(ファンタジー)を少なくするように、Tacos(ヒール)とSombrero(帽子 / 頭の上を抜くプレー)は控えるように言われています(笑)。今はシンプルに1,2タッチでプレーするように心がけています!!
title:C.A INDEPENDIENTE 公式代理人就任 & 日本支部 INDEPENDIENTE JAPAN 設立
2015年2月5日 木曜日
C.A INDEPENDIENTE クラブ本部にて、正式にC.A INDEPENDIENTE 日本・アジア公式代理人就任式 兼 日本支部 INDEPENDIENTE JAPAN 設立式が行われました。
就任・設立式後にはC.A INDEPENDIENTE のホームスタジアムにて記念撮影。
世界のサーカー地図を塗り替えた瞬間☆