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title:El Grafico 掲載記事:日本語訳

2015年3月29日 日曜日

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El Grafico / アルゼンチン No.1 スポーツ紙 掲載記事:日本語訳

C.A INDEPENDIENTE

伊達 和輝と千葉 真登ストーリー

“アベジャネダに放たれた2人の日本人” (アベジャネダ=C.A インデペンディエンテのホームタウン)

C.A インデペンディエンテの6軍に所属する17歳の2人、対戦相手として知り合い、今では引き離すことのできないチームメイトとなった。

記者:ジョナタン・レアッド

伊達 和輝と千葉 真登、C.A インデペンディエンテの下部組織に所属する2人は現在の体験を『素晴らしい経験』と口をそろえる。/ 写真:マクシミリアノ・ルナ

伊達 和輝(ダテ カズキ)と千葉 真登(チバ マサトウ)は17年前に日本の東京に次ぐ第2の都市、富士山と相模湾に囲まれた『ヨコハマ』で有名な神奈川県に生まれた(マサトウは静岡県出身)。しかし、出会ったのはスペイン。カズキは14歳でイベリアの国に渡り、2シーズン半スペイン3部のクルブ・エウロッパで過ごした。マサトウは12歳でスペインへ渡り、4年間で3チーム(コルネア、グラマネット、サバデル)を渡り歩いた。対戦相手としての出会いから友情がスタートし共同生活するまでに発展した。『対戦成績は引き分けです。1勝づつの1引き分けです』チバが6taディビジョン(6軍)の練習の練習を終えた後 El Grafico に答えてくれた。6taディビジョンは2人が共に所属するディビジョンだ。

若くして東洋から西洋に渡り、頼る家族誰一人いない厳しい環境が2人の成長を加速させた。マサトウは両親以外に兄を持ち、カズキは姉を持つ。再開はシーズン休みが入る6ヶ月に一度。『クリスマスと年末に帰国しました』と最後に神奈川の地を踏んだときをカズキが思い出す。『当初は話せなかったため難しい時期を過ごしました。Hola!!(やあ!)だけしか分からなかった、、言葉が一番の難関でした。でももう大丈夫です』初めにスペインに渡り、4ヶ月前にC.A インデペンディエンテに辿り着いたマサトウが振り返る。カズキはC.A インデペンディエンテに到着して2ヶ月。

ーEl Grafico:アルゼンチンに馴染むのは難しかったですか?

ーマサトウ:アルゼンチンへ来た時はもう言葉が話せたため、スペイン時代のように難しくはありませんでした。あのときは何も話せなかったので、、こちらでは順調に馴染めました。

ーカズキ:このクラブに来れてとても嬉しく思います。世界的にも超有名な偉大なクラブです。今でも毎日が勉強です。

ーEl Grafico:言葉以外に馴染むために難しいものは何ですか?

ーマサトウ:スペインと話し方が全く違うため、今でも分からない言葉もあります、、たくさん勉強する必要があります。でも一番は食べ物です。日本食が恋しいです。。

ーカズキ:文化的にもとても異なります。アルゼンチン、スペイン、日本、全て異なった文化です。でもその違いにももう慣れています。

優しく落ち着きがあり大人びた性格の2人、スペイン語は話せてもまだ不自由さを感じさせる。インデペンディエンテ・ジャパン(別記事有)の文化交流プロジェクトとして到着した2人にディエゴ・ラ・ボルペ(アベジャネダでのインデペンディエンテ・ジャパン スタッフ)が説明してくれた。『クラブは2人を必要としています。18歳までは選手登録できませんが、2人共すでにクラブ選手の一員です。ホルヘ(グリッファ/ C.A インデペンディエンテ 下部組織代表)は2人をとても評価していて、これからクラブの学校にも進学します。正式なクラブの選手です。ただ両親がアルゼンチンに住んでいないこともあり書類上の登録だけができず、18歳になるのを待っている状況です』、インデペンディエンテ・ジャパンについては『目的はプロ・育成年代選手、指導者の交流とアルゼンチン特有の気質・情熱を日本へ伝えることです』と語る。

クラブの登録テストに合格した証拠に2人共に坊主頭だ。新規登録した選手全員に浴びせられる毎年恒例の洗礼。『チームメイトはみんな明るく最高の仲間達です』カズキが笑いながら答える。マサトウの身長は170cmをわずかに超えるだけだが、カズキの横では長身にさえ見える。2人共に右利きでテクニシャン。小さなカズキは右サイドを駆け上がる『右サイドDFもしくは右MF』、そしてマサトウはもっとオシャレな選手『左サイドMFもしくはトップ下。でも左サイドのほうが好きです』とマサトウ。

ーEl Grafico:ここのサッカーは今までのサッカーと異なりますか?

ーマサトウ:以前はまた抜きや頭の上を越すプレーを多く使っていましたが、ここでは接触プレーがすごく激しいので2タッチでプレーするように心がけています。

ーカズキ:その国ごとに色々なサッカーがあります。アルゼンチンはとても激しく、フィジカル的にとても強いです。スペインはより戦術的です。

ーEl Grafico:アルゼンチンサッカーの何が一番好きですか?

ーマサトウ:サポーターがとても熱狂的です。とても魅了されました。

ーカズキ:スタジアムには常にたくさんのサポーターがいます。みんなが常に叫んで応援しています。すごいです!いつか自分の名前も叫んでもらえるように頑張ります!!

最後にお互いのサッカーの夢を聞いた時、2人の回答は同じだった。『C.A インデペンディエンテのトップチームでプレーすること。そして日本代表に選ばれることです!!』

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“赤い支部が東洋に”

インデペンディエンテ・ジャパンはC.A インデペンディエンテの日本支部でありアジアの本部の役割の果たす。川久保 悠(カワクボ ユウ)が代表、ディエゴ・ラ・ボルペが事務総長を務める。2人はキックボクシングの世界で知り合い、現在キックボクシングの伊原道場でも日本と南米の文化交流の役目を果たしている。元サッカー選手のユウはアルゼンチンを愛し、エストゥディアンテス・デ・ラプラタでプレーしていた経験を持つ。アルゼンチンサッカーを知り尽くす彼は、サンティアゴ “レチュ” ロドリゲス(U-12 ディレクター)とのコネクションを経てA.C インデペンディエンテにこのプロジェクトを提案した。そして、フェルナンド・モスチェッティ(下部組織指揮官)、アベル・アルベス(下部組織コーディネーター)、ホルヘ・グリッファ(下部組織代表)に日本の2人の選手が認められ、絶大な評価を受けるに至っている。ユウは(パーフェクトにスペイン語を話し、アルゼンチン特有の仲間言葉までも自在に操る)、カズキとマサトウの上陸はこれからアルゼンチンと日本が強く繋がるスタートにすぎないと言う。『子供たち2人とはスペインの友人を通じて知り合いました。2人共に素晴らしい選手です。これからたくさんの喜びをクラブに与えてくれると確信しています。彼ら2人を見ているとまるで自分自身のように思います。エストゥディアンテスでプレーしていた光景が蘇ります』と日本から話してくれた。日本ではすでにプロジェクトが進められている。『これからクラブ、セレクション、クリニック等を展開し、インデペンディエンテ・ジャパンの優れた才能をアベジャネダへ届けます。そして日本人選手の貢献と共にC.A インデペンディエンテが世界王者に返り咲く日が来ると信じています』

 

http://tiempo.infonews.com/nota/148777/hay-dos-japoneses-sueltos-en-avellaneda